USPTO、AI発明の特許適格性を再定義 ― Ex parte Desjardinsを先例指定、スコワーズ長官が“三本柱”を提示
- IPBIZ DC
- 11月4日
- 読了時間: 3分
2025年10月31日、ジョン・A・スコワーズ米国特許商標庁(USPTO)長官はAIPLA年次総会で講演を行い、就任からわずか5週間で進めてきた数々の改革と、AI時代の特許制度の新たな方向性を示した。
講演の中でスコワーズ長官は、AIを特許庁運営と特許制度そのものの両面で中心的な推進力と位置づけ、USPTOが「イノベーションの中央銀行(Central Bank of Innovation)」として再出発していることを強調した。彼は、特許を「ソフトドル資産」と捉え、出願人と審査官の関係を対立的なものではなく「取引的関係」として再定義した。すなわち、出願人が開示(disclosure)を提供し、代わりに排他的権利(exclusivity)を得るという憲法上の「取引」であり、AI技術の活用により、この取引の透明性と信頼性を高めることが可能になると述べた。
講演ではまた、庁内改革の成果も示された。スコワーズ長官は、AI支援型自動検索プログラム「ASAP!(AI-assisted Automated Search Pilot)」をはじめ、クレーム審査を迅速化する「Streamlined Claim Set Pilot Program」などを導入し、審査官の業務効率と品質を向上させたことを報告した。出願未審査件数は半年で約5万件減少し、商標部門では史上最短の審査期間を達成したという。AIを活用して先行技術を迅速に特定することで、「より強い特許をより早く」生み出す環境を整備したと説明した。
スコワーズ長官の講演の核心は、特許適格性(patent eligibility)に関する新しい指針の提示であった。彼は、特許適格性判断を明確化するための「三本柱(Three Pillars of Eligibility)」を示し、これに基づく運用を今後の指針とする考えを明らかにした。第一の柱は 35 U.S.C. §100(b) に基づく「既知技術の新しい用途」の保護であり、第二の柱は Enfish判決 に代表される「データ構造や論理的プロセスを通じたソフトウェア技術の改良」である。第三の柱は 「Something More, Something Morse」 という理念で、抽象的な原理やアルゴリズムそのものではなく、「技術的適用」や「構造的改善」といった実質的な発明要素を求めるというものである。長官はサミュエル・モールスの電信発明を例に挙げ、抽象的な自然法則を超えて、情報伝達の仕組みを具現化した点こそが特許適格性の核心だと説明した。
この「三本柱」の理念は、USPTOが2025年9月26日に先例(precedential)として指定した「Ex parte Desjardins, Appeal No. 2024-000567 (ARP Sept. 26, 2025)」判決にも具体的に表れている。この審判では、機械学習モデルの継続学習(continual learning)を改良する発明が問題となり、従来の審判部が新たに追加した 35 U.S.C. §101 に基づく拒絶を、再審査を担当した 上訴審査パネル(Appeals Review Panel; ARP) が覆した。ARPは、当該発明が単なる数学的アルゴリズムにとどまらず、AIモデルの性能と効率を向上させる技術的改良(technological improvement)を実現していると判断した。さらに、AI技術のように論理構造やプロセスによって実現される改良は、物理的特徴に基づかなくても特許適格であるという Enfish判決 の先例に基づき、請求項全体を「実用的な適用(practical application)」として認定した。パネルはまた、「AI関連発明を一律に抽象的概念として排除することは、米国の技術的リーダーシップを危うくする」と警鐘を鳴らし、AI発明の特許保護を正当に評価するよう促した。そして、真の技術的貢献の有無を判断するためには、35 U.S.C. §102、103、112が本来の審査ツールであると明言した。
スコワーズ長官はこのDesjardins事件を例に挙げ、自身が提唱する「三本柱」が現実の審査運用に具体的に反映された初めてのケースだと位置づけた。AIによる技術的改良を特許適格性の中心に据えたこの決定は、単なる審査運用の転換にとどまらず、AI時代における米国特許法解釈の転換点ともいえる。長官は、「イノベーションの扉は常に開かれている。AIや分散台帳技術のような変革的技術こそ、特許法が本来想定していた革新の対象である」と述べ、講演を締めくくった。




