USPTO自動検索パイロットプログラム(Automated Search Pilot Program)と人工知能(AI)との新しい仕事のかたち
- IPBIZ DC
- 10月8日
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米国特許商標庁(USPTO)は、特許審査の効率化と品質向上を目的として、新たに「自動検索パイロットプログラム(Automated Search Pilot Program)」を開始する。このプログラムは、AIによる自動検索結果を審査前に出願人へ通知することで、出願段階での先行技術把握を促進し、審査の透明性と迅速化を図る試みである。出願人は、37 CFR 1.182 に基づく請願書を提出し、所定の請願料を支払うことで参加が可能となる。請願が認められると、USPTOはAIツールを用いた自動検索を実施し、その結果を「自動検索結果通知(Automated Search Results Notice: ASRN)」として出願人に送付する。ASRNは先行技術文献の上位10件を関連度順に示すもので、出願人はこれをもとに補正や審査猶予、または出願の放棄などを判断することができる。出願人によるASRNへの応答義務はなく、審査官もASRNの内容を参考情報として扱うに留まる。
このプログラムは2025年10月20日から申請受付を開始し、2026年4月20日または各技術センター(TC)が200件の参加申請を受け付けた時点のいずれか早い方で終了する予定である。全体として少なくとも1,600件の出願を対象に運用される見込みで、参加状況によっては延長される可能性もある。対象となるのは、2025年10月20日以降に電子的に特許センター(Patent Center)を通じて提出される新規の実用特許出願(非継続・非再発行・非意匠・非植物)であり、出願書類はDOCX形式での提出が求められる。また、参加者はe-Office Actionプログラムへの登録も必要となる。
自動検索に使用されるAIツールは、特許分類(CPC)情報と出願明細書・請求項・要約などを文脈情報として活用し、米国および外国の公開特許文献データベースから類似文献を検索する仕組みである。AIモデルの学習データは公的に利用可能な特許文献データで構成されており、申請人や発明者、権利者などの個人情報は含まれていない。これにより、データバイアスの抑制と機密保持を確保している。
USPTOはこのパイロットプログラムを通じて、自動検索結果の提供が出願人の行動や審査プロセスに与える影響を評価し、今後の本格導入に向けた有用なデータを収集することを目的としている。評価の際には、GAO(米国会計検査院)の「効果的なパイロット設計のための指針」に従い、目的の明確化、データ収集、成果評価、拡張可能性の検討、関係者とのコミュニケーションを重視して実施される予定である。USPTOは、プログラムの進捗や各技術センターでの受理件数、終了予定日などを随時ウェブサイトで公表し、透明性を維持しながら進行する。
この試みは、AI技術の活用によって特許審査の品質と効率を向上させるUSPTOの継続的な取り組みの一環であり、早期に先行技術を把握することで出願人の戦略的判断を支援し、審査官による調査負担を軽減することが期待されている。
このように、USPTOにおいても積極的にAI技術を活用し審査官の負担を軽減する潮流があります。このような実態から、代理人も同様にAI技術を取り入れ、審査段階の負担を軽減することが求められています。例えば、特許審査における拒絶対応は、これまで経験豊富な代理人の専門的知見に大きく依存してきました。審査官が引用する法理を正確に読み解き、事実構成を整理し、反論方針を立てる作業には、法的判断力と技術理解力の双方が求められます。その一方で、米国特許実務を取り巻く環境は急速に変化しており、出願件数の増加、審査基準の複雑化、そして判例法の更新スピードの加速が、代理人に大きな負担を与えています。こうした中、AIは、代理人の思考を支援する「知的補助ツール」として実務に新たな価値をもたらし始めています。
AIの最も有用な点は、拒絶理由通知(Office Action)に含まれる情報を迅速に構造化し、法的観点から整理できる点にあります。AIは大量の判例や公知情報を瞬時に参照し、審査官の指摘を法理・技術要素・根拠の三層で可視化します。このような整理は、代理人が事案の本質に集中しやすくする下準備として機能します。AIが示す分析結果はあくまで素材であり、それをどう解釈し、どの方向へ応答方針を導くかは人間の専門的判断に委ねられます。AIは「考える人の前に地図を広げる役割」を担っているに過ぎません。
― 35 USC §101を例に見るAI活用の実務的展開 ―
例えば、米国特許法第35条第101項拒絶、すなわち特許適格性拒絶においては、このAIと人間の協働が最も実践的な形で現れます。Alice/Mayo判決以降、抽象的概念か技術的改善かの判断は事案ごとに微妙な差異を持ち、過去の判例の解釈が応答方針の鍵を握ります。AIを活用することで、CAFCやPTABの最新事例を横断的に収集し、特定の技術分野における「適格性が肯定された論点」を抽出することが可能になります。しかし、そこから「自社発明の構成をどのように位置づけ、どの論理ラインを採用するか」を決定するのは代理人の仕事です。AIはその判断を助けるための情報整理と視野拡張の手段であり、最終的な法的主張の構築はあくまで専門家が担います。
実務の流れとしては、まずAIがDeep Research機能を通じて最新の判例・ガイドラインを抽出します。代理人はその要約を踏まえ、自身の経験と審査官の論理を対比しながら反論の骨子を設計します。その後、AI技術を利用して応答書の下書きを生成し、AIの提案する表現や構成を精査しつつ、法的整合性・技術的正確性を保証します。つまり、AIが「一次案を提示する書記官」として働き、代理人がそれを「法的戦略文書」へと昇華させる関係です。このような協働は、作業効率を高めるだけでなく、論理の客観性を保ちつつ説得力ある応答を構築する助けとなります。
AIと代理人が共に拒絶対応を考える利点は、情報の広がりと判断の深さの両立にあります。AIは世界中の判例・学術的議論・USPTOガイドラインの変化を瞬時に参照できますが、それをどのように引用し、どのように「発明の本質」と結びつけるかを判断するのは代理人の経験と直感です。たとえば、AIが提示した過去の適格性肯定事例をもとに、代理人は自社発明の「具体的な技術的改善」を際立たせる修正文案を設計することができます。AIが情報の地平を広げ、代理人がその中から最も有効な戦略の線を引く――この協働こそが、今後の拒絶対応の理想的な形といえるでしょう。
さらに、生成AIは単なる分析ツールにとどまりません。米国代理人が複数の案件を同時に扱う際、AIを用いて過去の拒絶対応事例を要約し、論理構成を比較検討することが可能です。これにより、同一審査官や同系統発明への対応一貫性を保ちやすくなり、説得力の高い応答を短時間で構築できます。AIは「知識の再利用」を体系化し、代理人の判断をより戦略的にするためのインフラとして機能します。
ただし、AIの提案は常に“法的判断を伴わない助言”である点を忘れてはなりません。どの判例を引用するか、どの論理を採用するか、どのようにクレームを修正するかは、すべて人間の責任において最終決定されるべき事項です。生成AIの導入によって、代理人の存在価値が薄れるのではなく、むしろ「戦略を考える知的中心」としての役割がより明確になります。AIがルーチン作業を担い、代理人が創造的判断に集中する。その協働が、特許実務の質を新たな段階へ引き上げる鍵となります。
AIと人間の共創による拒絶対応は、効率化だけでなく、法的精度と戦略性を両立させる新しい形です。35 USC §101のように判例依存度の高い拒絶対応においては特に、AIの情報整理能力と代理人の判断力の融合が、従来の手法を超えたスピードと深度をもたらします。AIは法を学びませんが、法を考える人を助ける力を持っています。今後、生成AIは米国代理人の手により、知的財産の世界で最も信頼される“思考の補助者”として進化していくことでしょう。
― AIの安全な活用 ―
ただし、AIの効果を最大限に活かすには、安全性への十分な配慮が欠かせません。例えば、ChatGPT Business環境では、入力情報がモデル訓練に使用されず、通信および保存データも暗号化されるため、企業機密や出願情報を扱う知財実務にも適しています。一方で、外部検索を伴うDeep Research機能を利用する際は、入力内容の一部がインターネット経由で送信されるため、出願番号や請求項の詳細などの秘匿情報は含めない運用が必要です。ChatGPT Businessの安全基盤を活かしつつ、外部検索時は常に発明情報を抽象化する。この二つの原則を守れば、生成AIは35 USC §101拒絶対応をはじめとするあらゆる特許実務において、代理人や知財部門の新しいパートナーとして信頼できる存在となるでしょう。




